産業クラスターに立地する企業は、孤立した同業他社より強いのか。我々(Komori リサーチ・チーム)が日本の上場 3,688 社・18 年分で検証した答えは、平時とショック時で正反対だった。クラスターは利益を運ばず、リスクを運ぶ。
01問い
2021 年 9 月、トヨタ自動車 は世界生産計画の 4 割減産を発表した。半導体不足である。減産の波は系列部品メーカーへ、その先の素材メーカーへと伝わり、愛知県を中心とする自動車クラスター全体が同じ方向へ揺れた。
本稿が検証する仮説は単純である。マーシャル以来の集積経済学(Porter 1998)が予測する通り、クラスターに立地する企業は、孤立した同業他社より (1) 利益率が高く、(2) サプライチェーン・ショックに強く、(3) 株式リターンも高い ── この三つである。日本の地域金融や産業政策の文書に並ぶ「地域産業エコシステムの強み」という言葉は、まさにこの予測に立つ。我々は三つの仮説を上場 3,688 社・18 年分で検証した。仮説・推定式・反証セルは分析前に時刻署名している(事前登録コミット 6c92c99)。
つまり集積経済学の楽観は、二つの仮説で棄却され、残る一つは問いごと書き換えられた。はっきり観測されたのは、近年のサプライチェーン研究(Barrot and Sauvagnat 2016; Carvalho et al. 2021)が描いてきた構図 ── 密なネットワークはショックを運ぶ ── のほうだった。そして冒頭の愛知の物語には捻れがある。半導体不足におけるクラスターの脆弱性は、自動車と愛知を取り除いても消えない。むしろ強まる。これはトヨタの物語ではなかった。
02クラスターを測る
検証には企業ごとの「クラスター集積度」が要る。我々は性質の異なる二枚の地図を用意し、主要な主張は両方で確認することを事前登録した。一枚目は地理の地図 ── 古典的なロケーション・クォーシェント(LQ)。セクターの都道府県への集中度を全国比で基準化し、本社所在地 × 17 セクターで毎年計算する(3,688 社、2008〜2025 年度)。
二枚目はサプライチェーンの地図。地理的な近さは、供給網の絡み合いを保証しない。そこでKomori リサーチ・エンジンが全上場企業の有価証券報告書から構造化抽出しているサプライチェーン記述 ── 原材料、部品調達、製造拠点、販売チャネル ── の埋め込みベクトルを用い、各企業の記述が同一都道府県の他社のそれとどれほど似ているかを測った(全国平均との差分で基準化、実質的内容を含む記述のみ使用。2,304 社、2016 年度以降)。
独立に作ったこの二枚目の上位は、静岡・神奈川・京都・大阪・愛知 ── 一枚目と同じ産業ベルトが浮かび上がる。村田製作所 や スズキ の土地が、書かれた供給網の類似でも結ばれている。二枚の地図はこうして互いを検証する。
03平時:差は出ない
最初の問いは素朴である。クラスター企業は、同セクター・同規模の孤立企業より儲かっているのか。答えは、儲かっていない。営業利益率を集積度に回帰すると(規模・東京本社・セクター×年度固定効果を統制)、効果は全仕様でゼロ ── 二枚の地図のどちらでも、営業利益率でも ROA でも、係数は四分位範囲あたり ±0.1 ポイント以下に沈む。都道府県をセクター内でランダムに 1,000 回入れ替える置換検定でも、実測値は置換分布の 61 パーセンタイル ── 偶然と区別がつかない。
第二の問い ── 集積度はリターンを予測するか。まず最も具体的なところから始めよう。我々は Komori のエンジンで、実在の二つのバスケットを組んだ。クラスター・コアは 横浜ゴム(神奈川)・堀場製作所(京都)・UBE(山口)など産業ベルトの中型製造業 12 社。孤立企業バスケットは タダノ(香川)・EIZO(石川)・日本精機(新潟)などクラスターの外の同業 12 社。業種構成と規模帯を揃え、どちらも東京本社を含まない ── 系統的な違いは地理だけである。17 年バックテストした。
孤立バスケットの終点は×17.5 対 ×5.5 ── 孤立が報われるのか? 違う。差の大半は 1 銘柄、山梨で半導体材料を作る トリケミカル研究所 が ×75 になったことで説明される。それは半導体の物語であって、地理の物語ではない。12 銘柄のバスケットでは、こうした個別の偶然が地理の信号を完全に飲み込む ──だからこそ、バスケットの逸話ではなく全市場で検定する。セクター内で集積度の三分位ソートを行い、上位ロング・下位ショートの月次ポートフォリオを日本版 6 ファクター(FF5 + モメンタム)で評価し、尺度・加重・ユニバース・期間を組み合わせた 12 仕様に Romano-Wolf ステップダウン補正(B = 5,000)をかけた。
平時の地図は、静かである。集積に利益の優位はなく、市場がそれを誤って価格付けしている形跡もない。両バスケットは ポートフォリオ・ギャラリー でいつでも開ける。ここまでなら、我々の報告は「精度高く推定された帰無」で終わるはずだった。
04ショック時:同期する
では、地図はいつ動くのか。我々は事前登録で三つのショック窓 ── 東日本大震災(2011)、COVID 急落(2020)、半導体不足(2021〜22)── と、何も起きていないはずのプラセボ窓(2017)を固定した。各窓で、下落幅・底値からの回復・実現マージンの変化を集積度に回帰する。
半導体不足 ── クラスターは深く沈んだ。生の数字で言えば、クラスター企業の平均ドローダウンは −26.4%、孤立企業は −19.1% ── 7 ポイントの差である。この差の一部は業種や規模の構成によるから、規模・セクター・財務体質を統制した勾配で測り直すと、集積度の四分位範囲あたり 0.79 ポイント(FDR 補正後 q = 0.039)。サプライチェーン地図でも同方向の −0.90 ポイント(素の p = 0.028。単独では 18 セルの FDR を通らないが、独立に作った二枚目の地図が同じ符号を指すこと自体が一枚目の傍証である)。
そして冒頭で予告した捻れ。この脆弱性は自動車セクターを除外しても、愛知県を除外しても、両方除外しても消えない ── 除外するほど強まる。
セクター別に割ると、単独で有意なのは予想通り自動車だけである(p = 0.024)。だが自動車を除いた全体では効果が残る ── 個々のセクターでは検出力が足りず、合算してはじめて見える薄く広い効果。一つの産業が壊れたのではなく、供給網の密な土地が広く浅く沈んだ。東日本大震災でサプライヤー網を通じた生産停止の伝播を実証した Carvalho et al.(2021)の地図が、株価にも刻まれている。
効果の形も正直に記しておく。集積度の五分位で切ると、最下位 2 分位(最も絡んでいない企業群)だけが明確に無傷で、上位 3 分位は揃って沈む ── 線形の用量反応ではなく、「絡んでいるか、いないか」の閾値型である。なお古典的な LQ は最上位で歪む(小さな県に数社が集中すると LQ は跳ね上がるが、それは愛知型の巨大クラスターとは別物である)。テキスト尺度 D2 にはこの飽和がなく、低位 2 分位の「無傷」をより鮮明に切り分ける ── 規模と特化を混同しない、地図としての利点である。
COVID ── クラスターは速く立ち直った。急落後の半年で、クラスター企業は底値から平均 +82%、孤立企業は +51% 戻した。統制後の勾配で四分位範囲あたり約 +5 ポイント(q < 0.0001)。深く沈んだ銘柄ほど跳ねるという機械的関係を疑い下落幅を統制しても、ショック前ベータを統制しても残る。
下では深く、上では速く ── この非対称は、ひとつの機構で説明がつく。クラスターが共有しているのは強さでも弱さでもなく、エクスポージャーである。同じ部材、同じ顧客、同じ物流。供給が詰まれば一緒に止まり(半導体不足)、需要が戻れば一緒に動き出す(COVID 回復)。クラスターはショックを増幅も緩和もしない。同期させる。平時の地図に何も見えないのは、伝えるべきショックがないからだ。
この一連の係数を、一本の線でも確かめられる。高集積と低集積の累積リターン・スプレッドを日次で追うと、COVID 前の 8 ヶ月はゼロ近傍を漂い(静かな地図)、急落で沈み、回復局面で +10 ポイントまで一気に立ち上がる。その後の平常化で上昇分の約半分を吐き出し ── スプレッドは金のなる木ではない。アルファ検定のゼロと整合する ── 半導体不足の窓では再びじわじわと沈む。系統的なのは水準ではなく、ショックへの応答である。
そして実現マージンは、どのショックでも動かなかった。下落も回復も株価の現象であり、年次決算の解像度で観測できるファンダメンタルズには現れていない。プラセボ窓は全て無反応 ── 観測された効果はショック固有である(震災窓は方向こそ一致するが、当時のデータ被覆では検出力不足)。
05反証と頑健性
我々は、この結果が生き残るべき反論を順に検証した。「サプライチェーンの地図はノイズでは」 ── 事前登録していた人手検証(N=100)が重要な事実を捉えた。有価証券報告書のサプライチェーン関連記述は、実質的内容を含まないものが約 3 分の 2 を占める ── 多くの企業は調達構造を具体的に開示しないからである。我々は内容を含む記述のみに絞って尺度を再構築し(再検証精度 93%)、関係するすべての仕様を一括で再推定した。結論は変わらず、絞り込み後の地図はむしろ実在の産業ベルトに正確に張り付いた。
「回復は深く沈んだ反動では」 ── 下落幅を統制しても残る。「単に高ベータでは」 ── ショック前 250 日で推定したベータを統制しても残る。「被覆対象に偏りが」 ── 埋め込み被覆企業と非被覆企業は規模中央値がほぼ同じで、マージン検証は両グループとも同様にゼロ。「単一セクター・単一県の物語では」 ── 除外検定で逆に強まる(図 5)。「多重検定の生き残りでは」 ── マージンとショックは BH-FDR、アルファは Romano-Wolf で仕様空間全体に補正済み。生き残らなかったものは、生き残らなかったと報告している。
06開示の変化
ショックは、開示そのものも変えた。Komori の抽出コーパスで、調達強靱化の語彙 ── 複数購買、調達多様化、在庫積み増し、BCP、強靱化、代替調達 ── を含むサプライチェーン記述の割合を年度別に数えると、2016〜19 年度は 0.6〜0.9% で平坦、COVID の 2020 年度に 1.5% へ跳ね、半導体不足の 2021 年度に 2.4%、そして 2025 年度には 3.2% ── ショック前の約 4 倍に達する。日本の供給網の地図は、ショックのたびに言葉の上で描き直されている。
では、書き直したのは誰か。各社のサプライチェーン記述の自己ドリフト(前年の埋め込みベクトルとの距離)を測ると、興味深い ── そして事前登録外の探索的な ── 符号が出る。半導体不足で深く沈んだ企業ほど、直後の FY2022 への記述は変わっていない(p = 0.029。ショック前の遷移をプラセボとすると無反応)。書き換えたのは打撃を受けた企業ではなく、その周辺だった。深く依存した供給構造はすぐには書き換えられない ── 動けないことこそが、深く沈んだ理由だとすれば、符号は整合する。確認的な検定ではなく、次のショックで検証されるべき仮説として記録しておく。
07投資家への含意
我々の発見は一行に集約される ──クラスター集積度はアルファのシグナルではなく、リスクのファクターである。「リスク」は比喩ではない。同セクターの企業ペアについて日次リターン相関を測ると、平時(2017〜19 年)にはクラスター内ペアと孤立ペアの相関は統計的に区別がつかない(統制後 +0.002、ns)。COVID の窓ではクラスター内ペアだけが上方に乖離し、セクター構成と規模差を統制しても残る(+0.012、p = 0.04)。半導体不足の窓では生のギャップ(+0.028)は出るが、統制するとセクター構成に吸収される ── つまり同期は二つの形をとる。COVID のような急性の全市場ショックでは日次の共振として、半導体不足のような慢性の供給ショックでは、日次相関ではなく数ヶ月のドローダウンの共通シフト(§04 の勾配と除外検定)として現れる。
機構の精度を上げる検証も行った。1 万超の同セクター・ペアで、ペア間のサプライチェーン記述の類似度と同一都道府県ダミーを競わせると、意外にも勝つのは地理である ── テキスト類似度はペア相関を全く予測せず(全期間 ns)、同一都道府県は平時から一貫して効く(+0.027、p < 10⁻¹⁸)。後者は本稿の発見ではなく、投資家の地元偏好などで知られるローカル共変動(Pirinsky and Wang 2006)である。本稿が加えたのはその上の層 ── クラスター固有・ストレス限定の同期 ── であり、テキスト尺度の役割はペアの「双子探し」ではなく、企業がどれほど絡んだ環境にいるかという断面の特性測定にある。
実務的な含意はこうだ。集積度の高い銘柄を買っても平時に追加リターンは期待できない。だがサプライチェーン起点のストレスにおいて、集積度はセクター配分では捕捉できない共変動を持ち込む。セクター中立のつもりのポートフォリオが、地理の軸では一方向に傾いている可能性がある。
これはストレステストの語彙に「地理 × サプライチェーン」の行を加えるべきだ、という主張である。Komori のリサーチ・エンジンでは、全上場企業のサプライチェーン記述とその類似構造を企業単位で参照でき、ポートフォリオやアロケーションのリスク分析にこの軸を重ねられる ── 本稿の D2 はその一断面に過ぎない。
限界も明確にしておく。我々の「立地」は登記上の本社所在地であり、東京本社の企業が九州に持つ工場は地図に写らない ── この測定誤差は効果を希釈する方向に働くから、真のクラスター効果は我々の推定より大きい可能性が高い。また明確なショック窓は実質二つであり、ショックの型(需要型か供給型か)と伝播の符号の関係は、次のショックを待って検証されるべき開かれた問いである。
平時の地図は静かで、サプライチェーンそのものが揺れたときにだけ、地理が見える。
—参考文献
- Porter, M. E. (1998). Clusters and the new economics of competition. Harvard Business Review 76(6).
- Ellison, G., and Glaeser, E. L. (1997). Geographic concentration in U.S. manufacturing industries: A dartboard approach. Journal of Political Economy 105(5).
- Barrot, J.-N., and Sauvagnat, J. (2016). Input specificity and the propagation of idiosyncratic shocks in production networks. Quarterly Journal of Economics 131(3).
- Carvalho, V. M., Nirei, M., Saito, Y. U., and Tahbaz-Salehi, A. (2021). Supply chain disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake. Quarterly Journal of Economics 136(2).
- Pirinsky, C., and Wang, Q. (2006). Does corporate headquarters location matter for stock returns?. Journal of Finance 61(4).
- Fama, E. F., and French, K. R. (2015). A five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics 116(1).
- Carhart, M. M. (1997). On persistence in mutual fund performance. Journal of Finance 52(1).
- Romano, J. P., and Wolf, M. (2005). Stepwise multiple testing as formalized data snooping. Econometrica 73(4).
- Politis, D. N., and Romano, J. P. (1994). The stationary bootstrap. Journal of the American Statistical Association 89(428).