奥田碩さんが死去、93歳。トヨタ自動車の社長と会長を歴任し、経団連会長も務めた。1955年に入社後、95年に社長、99年から06年まで会長を務め、海外拠点の拡大とプリウスの発売、経団連との統合などに尽力した。
一橋大商学部を卒業した奥田碩さんは1955年にトヨタ自動車販売へ入社。現在のトヨタ自動車へと発展した同社で、1995年に社長に就任した。創業家以外では28年ぶりの経営トップとなり、社長時代には大企業病の解消を目指し組織を刷新した。
社長就任以降は米欧へ新工場を設置するなど海外展開を加速させ、環境技術の主導的地位を確立。プリウスの発売もあり、トヨタを世界一の自動車メーカーへと押し上げる基盤を築いた。
1999年に日経連会長に就任し、経団連との統合をまとめて2002年から06年まで統合後の初代会長を務めた。財界の政治献金復活を進め、政策評価に基づく献金促進の仕組みを実践した。
01年には政府の経済財政諮問会議の民間議員を務め、規制緩和を柱とする構造改革路線を推進。2012年には国際協力銀行の初代総裁に就任するなど、政財界の橋渡し役として活動した。