阪急と阪神の経営統合から20年。梅田を核にした再開発が進む中、モノ言う株主の介在が不動産を柱とする事業構造の再編を進めている。
阪急電鉄と阪神電気鉄道が経営統合を果たして生まれた阪急阪神ホールディングスは、梅田を拠点とした再編の主役として20周年を迎えた。統合を主導した角和夫は初代会長を務め、当時の部下は梅田を「大梅田」として拡張していく方針を語っている。梅田は大阪駅を中心に街づくりを進め、集客力を高めることが再編の狙いとされた。
梅田の集客力は都市の交通ハブとして1日当たり200万人以上が利用する規模で、駅・百貨店・オフィスビルの展開を通じて「梅田の地主」としての地位を強化する戦略が描かれていた。統合の背景には、阪急側の財務再建と阪神株の買収資金の確保があり、不動産事業の収益力を高めることで資金調達の安定化を図る狙いがあった。
不動産事業が稼ぎ頭となる中、阪急は統合前の借金を抱え、阪神株の買収資金を借りる必要があったとされる。阪神電鉄が不動産の収益力を背景に統合を支える役割を果たし、梅田を軸とした再開発の推進力として活用された。20周年を迎えた現在も、こうした財務・事業構造の再編は今後の課題として残っている。
阪急阪神HDの誕生は戦後初の大手私鉄の経営統合として位置づけられ、梅田の発展とともに「大梅田」計画を通じた街づくりが進められてきた。20年の節目を前に、同社と関連事業の再編は今後も街の姿を大きく左右する要素として注目されている。