ホンダの原点は戦後の日本社会にあり、個人の移動を重視する思想と“止揚”の哲学を軸に成長してきた。現代のEV戦略など、現在の方針転換の背景も、創業者の精神に根ざすと中部 博氏は語る。
ホンダの原点は戦後の日本社会にあり、国家や組織のためでなく、個人の自由な移動を重視するモビリティをつくることだったとされる。創業者の本田宗一郎が掲げたこの思想は、速くて楽しく、乗っておもしろい道具を市民のために提供するという目的に集約される。 この時代の精神は、以降のホンダのものづくりの基本となっている。
ホンダのお家芸とされる止揚の論理は、現実的な困難を突破するにあたり、無茶とも見える方針転換を断行する姿勢として現れる。1950年代の巨額投資の決断、周囲の反対を押し切って4ストローク化を推進した約束、1960年代のCVCCエンジン開発の逆転劇などが挙げられる。こうした挑戦が、組織全体を動かす原動力として機能してきた。
本田宗一郎の人間尊重の哲学は、対等な関係で現場と社員を結ぶ文化として受け継がれてきた。初期のホンダは作業着で汗と油にまみれ、役職ではなく「さん」づけで呼び合うフラットな組織だった。人間の能力は無限だという信念と、現場・現物・現実を重視する“三現主義”が企業の意思決定にも影響を与えている。
90年代にはTQMを導入して経営を立て直した一方で、時代に合わせて変わる力を重視する姿勢へと転じている。現在のホンダは以前の直感的な体制と異なり、合理的な大企業として変化を模索しているが、変わろうとする力が同社の核となっている。
現在のEV戦略を含む資源配分の見直しなど、ホンダが直面する現代の課題にも、創業時の精神と変化を受け入れる力が背景として位置づく。著者は、伝統の無茶が時代を超えて人を惹きつける原動力であると捉え、ホンダらしさの根底にある考え方と、変化を続ける力の両立を読み取ろうとしている。