論文米国から降りられるか

米国から降りられるか

2026年7月18日

2020 年 3 月、世界の株式が数週間で 3 割を失った。その同じ暴落のなかで、ある 28 銘柄の日本株バスケットの対米連動は、ほぼ平時の水準にとどまった。米国が急落した日にここまで日本株が持ちこたえたのは、偶然ではない ── 銘柄を選んだ物差しの違いである。

ニューヨークが下げれば、翌朝の東証は国内の材料と無関係に売られる。この引力から銘柄選択だけで降りられるかは、何を手がかりに選ぶかで決まる。過去の値動きで選んだ銘柄は暴落で米国へ引き戻され、売上の地理で選んだ銘柄は踏みとどまる。本稿はその差を、実際に組んだバスケットで示す。

01米国という引力

Komori リサーチ・エンジンの 25 年株価パネルで東証の全上場(金融・ETF を除く 3,510 社)を測ると、市場そのものの対米ベータは0.67。前夜の米国の動きの三分の二が、時差を越えて翌朝の東京に流れ込む(前日・当日・翌日を束ねる Dimson ベータで、時差による過小評価を補正した)。引力は実在し、小さくない。

ただし、この引力は銘柄ごとに大きく異なる。対米ベータは −0.6 から +2.5 まで散らばり、0.67 はその重心にすぎない。米国から降りられるかは市場全体の性質ではなく、銘柄選択で決まる。銘柄を見分ける物差しは二つ ── 過去の値動きと、売上の地理。この二つは、同じ結果を生まない。

02見せかけは、暴落で剥がれる

過去の値動きで選ぶと ── 直近 1 年で米国と最も動かなかった 50 銘柄を取ると ── 組成時点の対米ベータはほぼゼロになる。紙の上では、米国から完全に降りたように見える。

その低連動は、暴落で剥がれ落ちる。2020 年の COVID ショックのさなか、このバスケットの対米ベータは 0 付近から0.94へ跳ね上がり、市場とほぼ同じ幅で下落した。2018 年 Q4 も同じく 0.94。事業の裏づけを欠いた低連動は統計的な偶然にすぎず、ストレス下で平均へ引き戻される。ベータが危機に収束するのは、古くから知られた現象だ(Longin and Solnik 2001; Frazzini and Pedersen 2014)。

危機局面での実現SPYベータ(Dimson) 構造ソート(内需)  価格ソート(見せかけ)β = 1.0(市場と同じ)形成時 価格ソート β ≈ 00.630.942018Q4見せかけ崩壊0.610.94COVID 2020見せかけ崩壊0.320.29利上げ 2022どちらも保持
図 1 · 見せかけの降り方は、暴落で剥がれる
各米国発の急落のさなかの実現 SPY ベータ。窓の直前に組成(N=50、点推定)。価格ソート(見せかけ)は形成時 β≈0 から COVID・2018Q4 で 0.94 へ跳ねる。構造ソート(内需)は 0.6 前後で踏みとどまる。緩やかな 2022 では両者とも低い。N=30/50/75 で頑健。

過去の値動きは、未来の連動を測る物差しとしては弱すぎる。価格で選んだ低連動は、暴落という試練に耐えない。

03本物は、フィリングの中にある

事業の裏づけは、有価証券報告書の中にある。Komori リサーチ・エンジンは各社の開示から地域別売上を構造化して抽出しており、どの会社の売上がどれだけ海外から来ているかを、1,420 社について直接計算できる。これは値動きの記録ではなく、事業そのものの形だ。

海外売上比率は、対米ベータを言い当てる。海外売上ゼロの内需企業の対米ベータは平均 0.59、海外売上 75% の輸出企業は 0.90 ── 海外比率が上がるほど、米国連動も単調に上がる(相関 0.46)。会社が米国からどれだけ引っ張られるかは、値動きを見る前に、売上の地図に書かれている。

海外売上比率 · 別の実現 米国ベータ市場平均 β = 0.670.590%内需0.555%0.6322%0.7747%0.9075%輸出
図 2 · フィリングが、ベータを言い当てる
海外売上比率(フィリングから抽出)で分けた実現 米国ベータ。内需(海外 0%)0.59 → 輸出(海外 75%)0.90 と単調に上がる。金の破線は市場平均 0.67。価格を見る前に、事業の姿がベータを予言している。

この物差しで選んだ低連動は、暴落に耐える。海外売上のほぼない内需企業でバスケットを組むと、COVID のさなかの対米ベータは0.64にとどまった ── 価格ソートの 0.94 とは別物だ。低連動が国内で完結したキャッシュフローに根ざすため、パニックでも平均へ収束しにくい。見せかけではなく、構造である(Daniel and Titman 1997 の「特性 対 共分散」の一例にあたる)。

04このバスケット

実運用のバスケットは、二つの物差しを重ねて選ぶ ── 海外売上がほぼゼロで、かつ過去の対米連動も低い28 銘柄を、等加重で保有する。顔ぶれは筋金入りの内需だ ── 電源開発JR東日本NTT花王、電力・鉄道・国内物流・ドラッグストア・医薬品卸。これを Komori のエンジンで 17 年バックテストした。

¥1 の成長 · 対数軸 · 2009–2026(Komori バックテスト)×1×2×5×10¥6.19CAGR11.0%シャープ0.70最大DD−18.3%対BMベータ0.61
図 3 · 構造デカップリング・バスケットの17年
内需×低連動 28 銘柄・等加重の ¥1 成長(2009〜2026、Komori 実測、対数軸)。¥6.19 = 年率 11.0%。価格ソートの見かけ倒しより地味だが、COVID のさなかも対米ベータ 0.61 を保った ── 買っているのはバックテストの見栄えではなく、暴落で消えない低連動だ。
米国デカップリング・バスケット(内需×低SPYベータ)
10銘柄
CUMUL521.9%
SHARPE0.70
MAX DD-18.3%
VOL13.8%
YTD +1.4%1Y +23.0%3Y +13.2%
2874 横浜冷凍5.7%
8173 上新電機5.4%
6960 フクダ電子5.3%
スクリーニング型詳しく見る →

17 年で ¥1 は ¥6.19 に育った(年率 11.0%)。シャープ 0.70、最大下落 −18.3%。紙の上の成績は、見せかけの価格ソート・バスケットのほうが上回る ── シャープは高く、下落も浅い。だがその見栄えは、暴落で連動が剥がれることと引き換えに得たものだ。このバスケットはバックテストの見栄えを譲り、いちばん必要な日にも低連動が残るほうを取っている。

05それでも、片足だけ

正しく選んでも、両足は抜けない。構造で選んだこのバスケットでさえ、最悪の株式暴落のさなかの対米ベータは 0.6 前後 ── 平時より高い。米国株が急落する日に、日本の内需株が完全に無風でいることはない。銘柄選択が買えるのは「暴落でも保たれる、より低い連動」であって、「暴落からの完全な遮断」ではない。

限界はもう一つある。2024 年 8 月の円キャリー巻き戻しのような日本発の変動ショックでは、内需バスケットも価格バスケットも同じように崩れた(どちらも対米ベータ 1.4 超)。世界中が同時に投げ売る一週間には、内需の事業実態も効かない。構造デカップリングが効くのは米国株主導の株式暴落に対してであり、あらゆるパニックに対してではない。

米国から降りることはできる ── ただし片足だけ、そして値動きではなく事業を見て選んだときに限る。過去の値動きで選んだ低連動は暴落で剥がれ、売上の地図で選んだ低連動は暴落でも踏みとどまる。この二つを取り違えないことが、次の暴落への備えになる。バスケットは公開してある。

参考文献と方法

対象は東証プライム・スタンダード・グロースの全上場(金融・ETF を除く 3,510 社)、2016〜2026 の日次リターン、円建て。対米連動は SPY に対する Dimson (1979) ベータ(前日・当日・翌日の和)で測り、時差による過小評価を補正した。海外売上比率は Komori が各社の有価証券報告書から構造抽出した地域別売上(geographic_exposure)から計算した(1,420 社で算出可能)。暴落局面のベータは、各窓の直前に点推定でバスケットを組成し(先読みを排除)、窓の中で実現ベータを測った。バスケットのバックテストは Komori のエンジンによる実測で、年率は成長曲線から幾何的に算出した。仮説と判断基準は分析前に時刻署名した(事前登録コミット 491ba30)。

  • Dimson, E. (1979). Risk measurement when shares are subject to infrequent trading. Journal of Financial Economics 7(2).
  • Karolyi, G. A., and Stulz, R. M. (1996). Why do markets move together? An investigation of U.S.-Japan stock return comovements. Journal of Finance 51(3).
  • Longin, F., and Solnik, B. (2001). Extreme correlation of international equity markets. Journal of Finance 56(2).
  • Forbes, K. J., and Rigobon, R. (2002). No contagion, only interdependence: Measuring stock market comovements. Journal of Finance 57(5).
  • Frazzini, A., and Pedersen, L. H. (2014). Betting against beta. Journal of Financial Economics 111(1).
  • Daniel, K., and Titman, S. (1997). Evidence on the characteristics of cross-sectional variation in stock returns. Journal of Finance 52(1).