上場する日本企業の半分以上が、本社を東京都に置く。では問おう ── 本社が東京にあることは、株主にとって得なのか。方向を決めずに両側で検証したところ、答えは二つの俗説のいずれをも覆した。
01半分は東京を見ている
Komori リサーチ・エンジンで上場各社の登記上本店所在地(EDINET 提出者所在地)を 47 都道府県に分類すると、実に 53.7% が東京都に集まる(解決済み 3,843 社、海外法人を除く)。大阪府が 420 社で続き、愛知県が 209 社。残りは全国に薄く散らばる。
この一極集中をめぐっては、相反する直観が語られてきた。一方は「資本重力」── 資本・人材・顧客・全国展開の物流が首都に集まる以上、東京から離れることは不利だという見方。他方は「地方の優位」── 低コスト、定着率の高い地域人材、緩やかな競争のもとで、地方企業はむしろ静かに複利を効かせるという見方。
効率的市場の立場からは、いずれの差も最終的にはファンダメンタルズに織り込まれ、登記上の住所そのものが株価を動かすことはないはずだ。本社所在地は外生的で観測しやすく、この対立を測る自然な実験となる(Pirinsky and Wang 2006)。事後操作を排するため、仮説と判断基準は分析前に時刻署名した(事前登録コミット 4e414ed)。
02二つのバスケット、同じ道のり
まず、最も具体的なところから始めよう。業種を揃え、規模を揃え、唯一の違いを本社所在地だけにした二つのバスケットを組む。東京側は ソニー・日立・三菱商事 など、非東京側は 任天堂(京都)・キーエンス(大阪)・伊藤忠商事(大阪) など、各 24 社の大型株。Komori のエンジンで 17 年バックテストした。
結果は拍子抜けするほど似ている ── 累積リターンはほぼ重なる(年率 15.45% 対 14.93%、相関 0.86)。主役は時期で入れ替わった:2010 年代は非東京勢が先行し、半導体相場で東京勢が追いついた。どちらが「勝っている」かは、見る期間で変わる。両バスケットは ポートフォリオ・ギャラリー で公開している。これは 24 銘柄の例示にすぎない ── 次に、全市場で厳密に検証する。
03では株価は? — 何も出ない
全上場を対象に、非東京本社をロング・東京都本社をショートする等加重ポートフォリオを、業種(TOPIX-17)×規模三分位のセル内で組み、日本版 6 ファクター(FF5 + モメンタム)に対するアルファを推定する(規模効果を二重に除去、Newey-West 標準誤差)。
素朴な単一仕様では、アルファは月率 −0.20%(年率 −2.4%、t = −2.53、p = 0.012)── わずかに地方ペナルティの符号を示す。しかしこの一本に飛びつくのは早計だ。東京の定義・加重・構成・期間・粒度を変えた72 通りの仕様に Romano-Wolf ステップダウン補正(B = 5,000)をかけると、有意に残る仕様はゼロ(rw_p = 0.42)。「72 通り試して 1 つ当たっただけ」を統計的に退けると、取引可能な地理アルファは消える。
ラベルをランダムに 2,000 回入れ替えると、アルファは平均 0.00%・標準偏差 0.06% に集中し、実測 −0.20% はその外側にある(並べ替え p = 0.0005)── 地理ラベル自体には意味がある。だがその信号は、多重検定に耐えるほど強くはない。株価の答えは、要するに何も出ない。
04ところが、事業は違う
株価が沈黙する一方で、事業の質には、はっきりとした差がある。同一業種・同一規模で比べると、非東京企業の総資産利益率(ROA)は東京企業を +0.99 ポイント(相対 +35%、t = 6.4、p ≈ 2×10⁻¹⁰)、営業利益率を +1.17 ポイント(t = 4.1)上回る。リターンの曖昧さとは対照的に、これは極めて頑健な数字だ。ただし、これは平均であって一様ではない。情報・サービス(+2.24pp、t = 4.2)と鉄鋼・非鉄(+3.48pp)が牽引し、電気・ガス(−3.25pp、t = −2.2)とエネルギーでは逆転する ── 規制下の地方公益企業は構造的に弱い。地方が一律に優れているのではなく、特定の業種が平均を押し上げている。
一方、規模で切ると差は驚くほど平坦だ(五分位で +0.6〜+1.0pp、いずれも正)。リターンの地理効果が小型株に偏在していたのとは対照的に、収益性の優位は大型・小型を問わず広く存在する。だからこそ信頼できる。
05市場が報いないわけ
より良い事業が、なぜ株価に報われないのか。素朴には「市場がすでに質を高く評価し(割高化し)、将来リターンが圧縮される」という説明が浮かぶ。だが実証はこれを支持しない ── 非東京企業の株価純資産倍率(PBR)はむしろ低い(係数 −0.11、t = −2.8)。
観察される事実はこうだ:非東京企業は収益性が高く、PBR は割安、PER は同等、売上成長はわずかに低い(−0.3pp、非有意)。市場は地方の収益性にプレミアムを付けず、わずかな割引すら付ける一方、取引可能なほどの誤価格化も生じていない。高い現在収益性は、やや低い成長と横ばいの評価倍率に相殺され、株価に届く前に均されてしまう。質は本物だが、その大きさ(約 1pp)と業種偏在ゆえに、株価を動かすには小さすぎる。
なお、この「なぜ」は評価倍率の解釈であって、因果として証明されたものではない。割安・同等 PER・低成長という評価事実は堅いが、それらをリターン非有意に結びつける筋立ては本稿の読みである。
06追いかけて、捨てた仮説
一つ、正直に記録しておくべき仮説がある。リターン効果が価値加重で消え、小型株に偏在することから、我々は当初「これは小型株の地方ペナルティだ」と考え、この仮説を追いかけた。だが結果を見たうえで立てた仮説を同じデータで確認するのは、的を撃ってから的を描くに等しい。そこで我々(Komori リサーチ・チーム)は判断基準を検証前に固定し、三つの試験にかけた。
結果は全敗だった。(1) 規模勾配 ── 最小分位以外は単調でなく、第 4 分位はむしろ正。(2) 最小分位のみのモンテカルロ ── 実測 −0.43% はランダム帯 [−0.58, +0.64] の内側、並べ替え p = 0.22。(3) 標本前後分割 ── 2009〜2017 はほぼゼロ、2018〜2025 も非有意で安定しない。ブロック・ブートストラップ 95% 信頼区間も 0 をまたぐ。そこで我々はこの仮説を捨てた ── 見かけの小型株効果は蜃気楼だった。素朴な検定なら見逃した偽陽性を、この規律が退けた。
07損益計算書の中の重力
東京の重力は実在する ── ただし損益計算書の中に、であって株価の中にではない。地方企業は同一規模・同一業種の東京企業より収益性が高く、その差は規模を通じて一様で頑健だ。しかしこの優位は、株価リターンには信頼できる形で現れない。72 仕様、小型株限定、並べ替え、標本前後分割を経ても、取引可能な地理アルファは検出されなかった。
これは派手な「アノマリー発見」ではなく、精度高く推定された帰無と、その裏にある収益性とリターンの乖離である。そして派手でないことこそが、もう一つの結論だ ── 事前登録と多重検定補正がなければ、月率 −0.20%・p = 0.012 という偽陽性が「東京重力アノマリー」として喧伝されていたかもしれない。
投資への含意は控えめだが明確である:本社が東京にあるか地方にあるかは、銘柄選択の根拠にならない。地方の優良企業はより良い事業ではあるが、より良い株とは限らない。質に、市場は必ずしも対価を払わない。
—参考文献
- Pirinsky, C., and Wang, Q. (2006). Does corporate headquarters location matter for stock returns?. Journal of Finance 61(4).
- García, D., and Norli, Ø. (2012). Geographic dispersion and stock returns. Journal of Financial Economics 106(3).
- Coval, J. D., and Moskowitz, T. J. (1999). Home bias at home: Local equity preference in domestic portfolios. Journal of Finance 54(6).
- Hong, H., Kubik, J. D., and Stein, J. C. (2008). The only game in town: Stock-price consequences of local bias. Journal of Financial Economics 90(1).
- Fama, E. F., and French, K. R. (2015). A five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics 116(1).
- Carhart, M. M. (1997). On persistence in mutual fund performance. Journal of Finance 52(1).
- Romano, J. P., and Wolf, M. (2005). Stepwise multiple testing as formalized data snooping. Econometrica 73(4).
- Politis, D. N., and Romano, J. P. (1994). The stationary bootstrap. Journal of the American Statistical Association 89(428).