綿貫民輔さんが社長を引き継ぎ、嵐の船出で経営再建へ挑む状況を伝える。昭和30年に祖父が砺波運輸の社長を退任し、綿貫氏が後任として経営を任された。
昭和30年、綿貫民輔さんの父方の祖父・榮が砺波運輸(現トナミ運輸)の社長を退任し、綿貫さんが後を継ぐこととなった。綿貫さんは28歳の時点でこの役割を引き受け、家業の経営を引き継ぐ道を選んだ。これにより、岩手県などの地盤ではなく、北陸の運輸・資源産業を軸に経営の再建へと向かう動きが始まった。
また、綿貫さんは金沢市で石川プロパンの設立にも関わっていたとされ、砺波運輸の事業再編・再建へ専念する方針の下、経営の舵取りを進めていくと伝えられている。