1987年の来日公演をきっかけに、日本でのコーラ戦争の経緯とその後の展開を、ペプシとコカ・コーラのCM戦略や市場動向とともに振り返る。
マイケル・ジャクソンの来日公演を契機に、ペプシコーラとコカ・コーラの国内での熾烈な対立が顕在化した。ペプシは日本での認知拡大を狙い、CMやキャンペーンを展開する一方、コカ・コーラは独自のブランド訴求を続けた。
ツアーは1987年9月から1989年1月までの世界公演となり、初公演の会場でコカ・コーラの独占契約により看板の撤去を求めるトラブルが生じた。日本側の対応として、ペプシは日本語表記のCMを活用するなど勢いを保った。
AP通信の報道では、日本市場におけるコーラのシェアがコカ・コーラ93%、ペプシコーラ6%と伝えられ、マイケル・ジャクソンの人気がペプシの販売を大きく後押ししたとされる。
その後もコーラ戦争の熱は続き、第三のコーラが登場するなど市場は多様化し、1993年ごろには低価格競争の波及も見られた。
本稿は、映画『Michael/マイケル』に描かれた出来事を契機に、日本の消費者と食品産業の視点から当時の状況を整理している。