1995年に米ドル安・円高が反転し、G7の協調介入が転機となった。反転はV字ではなくW字型で進み、以後の動向には日米協調介入の背景が影響してきた。
1995年には米ドル/円が購買力平価を大きく上回り、異常な米ドル安・円高と呼ばれた。その後、米ドル安・円高の局面はG7の協調介入で止められることとなり、同年4月頃にその方向性が示唆された。
介入のきっかけとなったのはG7による米ドル買い協調介入であり、購買力平価を下回る水準への反転を狙う意思が表明された。だが実際の反転は緩やかで、1ヶ月強で87円台に止まり、5月末には再び80円近辺へと振れていった。
この時期の反転はV字型ではなくW字型と呼ばれ、後の再反発を経て異常な米ドル安・円高は終息へと向かった。1995年後半には再び介入が行われ、構造的要因と合わせて動向が注目された。
1997年以降の金融危機的局面を経て、1998年には米ドル高・円安が約150円近くまで進んだ。異常な米ドル安・円高のピークと、その後の転換には日米協調介入の背景が影響したと見られる。