1985年9月22日にG5がプラザ合意として円高・ドル安誘導で一致したと発表され、以後為替が急速に円高へ動くことになった。合意の背景や影響、日経平均の記録も本文で触れられている。
1985年9月22日、G5(日米など先進5カ国)の会議がプラザホテルを舞台に開かれ、為替相場の円高・ドル安誘導で一致する声明が出された。日米のほか英国・フランス・カナダが参加し、日本からは後に首相となる竹下登大蔵大臣が出席した。議題はドルの安定であり、貿易赤字と財政赤字が拡大する中で、円高・ドル安へ誘導することが合意の柱とされた。
1985年の合意発表直後、為替市場は大きく動き、1ドルが約235円前後から円高へ大きく振れる事態となった。本文には1986年7月には円が150円台へ進んだと記され、円高の進行が長期的な影響を及ぼしたことを示唆している。日経平均株価の終値として1980年9月22日の水準が「12,666円95銭」と記されており、当時の相場環境の比較情報として示されている。
輸出産業に対しては大幅な円高が経営効率化を迫る要因となり、輸入品の消費が増え海外旅行ブームも起きたとされる。これにより自動車・電機などの輸出企業は競争力の再配置を迫られ、一般生活面では輸入品の購買が拡大したと本文にある。